このブログ、訪問者数が少ないのをこれ幸いに、競馬以外のことは読む人のことはまったく考えず、自分の思ったことを勝手に記しています。興味ない方は遠慮なくすっ飛ばしてください。
芥川賞作家の宇佐見りんが、映画化された自身の作品について色々と不満を述べていて、ネットでは宇佐見氏を擁護し、制作側を非難する意見が圧倒的多数なのですが、私はどうかな?と。
純文学はエンターテインメントと違い、読む人によって解釈が全然変わってくる。むしろ原作者が意図するところを読む側が間違いなく汲み取る方がおかしい。私が一番好きな純文学作家は堀江敏幸なのですが、何が好きかって、作品全体のぼんやりとした世界観が好き。堀江氏が作品を通じて何を訴えたいか…などということは殆ど気にもかけない。ただ作品の舞台を心の中で思い描き、そこに浸る。昔は平野啓一郎だったのですが、年齢的なものか、堀江氏のゆっくりとした時間の流れと、脱線しているのか主題に絡んでいるのかわからない、事件とも呼べないようなエピソードの連続がたまらなく気持ちいい―とはいえ、私は平野氏と同年齢で、大学こそ違え、彼と同じ京都の空気を吸っていたのですが。映画化したいと言った人が作品に感動し、宇佐見氏に是非映像化したいと訴えたそうなのですが、その人が感動したところ、感動の元になった作品の解釈が宇佐見氏の意図するところと一致するというのはどだい無理な話なのでは。
何より映像作品は成功しないといけない。宇佐見氏の映像化された作品は芥川賞受賞前のあまり注目されなかった作品だそうですが、宇佐見氏は次また書けばいいし、それで芥川賞を受賞した。映画はそれが失敗すると次がない。受賞も何も、作品を作れない(お金が集まらない)わけです。純文学と違い、何より観る人の評価を優先的に意識しなければならない。エンターテインメントなら、相手を楽しませるというおおまかな方向性は一致しますが、純文学の映像化の場合は、読む人と観る人の感性が必ずとも一致するとは限らない。原作者と映画制作者の衝突は、活字を読む側と映像を観る側—受け手の相違点とシンクロするかもしれません。また内容とは別にスクリーンにうつる映像そのものも評価の対象となり、時間的制約も含めて、それらを満たすためには敢えて大事なところだとわかっていながら変えないといけないところもある。私の友人は、好きな文学作品の映像化は絶対に観ないそうです。
これは以前の「セクシー田中さん」問題に触れたときに述べたけれど、一番いいのは「探偵・沢崎」の原氏のように、いの一番に無理難題を吹っかけて映画化の話を持ち込んできた人を退散させること。とはいえ、映画と原作が異なっていても、映画が売れれば原作も売れる。自身の懐もあるけれど、自分の本を出してくれた出版社や担当編集者への恩返しになる…というジレンマもあるでしょう。特に純文学は又吉直樹のような話題性がなければそうそう売れるものではない。不本意な面もあれど、映画制作者たちに原作を冒涜する気持ちは微塵もなく、皆いいものにしようと真剣に取り組んでいるのだから、墓まで持っていけとは言わないけれど、せめて一定期間、不満は封じ込めておくべきだったのでは。しかも公開前だから、観る人は最初から色眼鏡で観てしまうし、宇佐見氏がいくらフォローしたところで、やっぱり俳優も含め制作サイドの人たちは、自分たちは間違っているのかと落胆を禁じ得ない。
これはエンターテインメントだけれど、沖縄を舞台にした大河ドラマ「琉球の風」(1993年)は、陳舜臣氏の原作とはまったく別物だった。とはいえ、原作は舞台が沖縄や日本本土どころか台湾、中国と東アジア全体にまでまたがる。物語後半では鄭芝龍、鄭成功父子まで登場し、海や船が登場する場面が非常に多い。忠実に映像化しろというのは無茶、というより不可能。雑誌連載した翌年1月に大河ドラマが始まったので、大河ドラマ前提だったのは明らかなれど、これは原作者が映像を無視して世界を拡げまくった全然逆の例。ドラマより原作の方がずっと面白いけれど、ドラマ関係者は頭を抱えたに違いない。ちなみに1993年はふたつの作品を分けて放送するという異例の年だったのですが、後半の前九年、後三年の役や奥州藤原氏を題材にした「炎立つ」(1993年7月~1994年3月で、琉球の風より三か月長い)では、原作者の高橋克彦とドラマ制作サイドの間で相当揉めたらしい。
閑話休題。
9月22日の競馬の結果
中央中京「神戸新聞杯」…ハズレ
1着 15番メイショウタバル(2番人気)
2着 1番ジューンテイク(3番人気)△
3着 11番ショウナンラプンタ(4番人気)
ぐうの音も出ない完敗で御座います。本命で1番人気だったメリオーレムは5着。特にこれといった見せ場もなく勝ち馬から0.8秒差。新潟の2勝クラスで圧勝だったことも1番人気に推される要因だったのでしょうが、圧勝でも所詮はローカルの2勝クラスということか。以前どこかの本に記されていたのですが、一番の正念場は1600万クラス—現在の3勝クラスで、ここを順調に突破すればオープンでもまともに戦えるとか。3歳とはいえ2勝クラス→オープンというのはやはり厳しい?2着馬、3着馬も3歳限定とはいえ重賞で結果を残していた。メリオーレムは菊花賞に向かうらしいですが、自己条件(3勝クラス)を戦って力をつけていった方がいいのでは?勝ったメイショウタバルも皐月賞大暴走のイメージが根強く、じゃあ菊花賞では?と問われると……この手の馬は取捨選択に困る。
一方オールカマーでは、圧倒的1番人気レーベンスティールが、逃げたアウスヴァールを最後しっかり捕えた。勝つべきレースをしっかり勝つ。やっぱこういう馬が本番でも信用できる。
JRAの来年度の番組編成が発表。結構いじったようですが、最後を有馬記念で〆てくれるのは嬉しい。中央競馬のラストはやはり有馬記念でないと。それ以外にも大幅に変更。リステッドの米子Sがしらさぎステークスと名称変更して重賞(GⅢの予定)に昇格。

この画像がもう使えない。
レース名では、
アイルランドトロフィー府中牝馬ステークス→アイルランドトロフィーと府中牝馬ステークスに分裂
小倉サマージャンプ→小倉ジャンプステークス
「東海テレビ杯」は東海ステークスだったのですが、これが金鯱賞に移るらしい。ちなみに東海ステークスはGⅡだったのがGⅢに格下げ。プロキオンSがGⅡに昇格。
アーリントンはヴァージニア州で、映画でもよく出てくる戦没者慰霊施設であるアーリントン国立墓地が有名。チャーチルダウンズはケンタッキー州で、チャーチルダウンズ競馬場ではケンタッキーダービーが行われます。
夕刊フジは前々から紙媒体では休刊(事実上廃刊)が噂されていますから。「正論」同様フジサンケイグループのアイデンティティなのでしょうが、ビジネス的にはグループの完全な「お荷物」だと前々から言われ続けています。というか、産経新聞と夕刊フジは東海地方ではついぞお目にかかったことがない。売ってる場所あるの?競馬エイトはどこにでも売っているけれど。ちなみにライバルの日刊ゲンダイ(これは東海地方で普通に売っている)は、はじめからJRAの寄贈賞はありません。従って夕刊紙でJRAに残っているのは東京スポーツ杯2歳ステークスのみ。
—と思ったら「夕刊フジ杯オパールステークス」というリステッドがありました。ということはリステッド以下なら「日刊ゲンダイ杯」もあるのでは?と思ったのですが、地方競馬や他の公営競技にはあってもJRAにはないみたい。ちなみに九州スポとか中京スポとか、東スポ系列はあるかもしれないけれど割愛。
これまでの府中牝馬ステークスがアイルランドトロフィーとなり、マーメイドステークスが東京に場所を変えて府中牝馬ステークスに替わるらしい。ややこしい。
小倉サマージャンプの改称は開催時期的なものでしょう。
また京都牝馬ステークスが愛知杯に、マーメイドステークスが府中牝馬ステークスに、小倉2歳ステークスが中京2歳ステークスにそれぞれ吸収されるような形で消滅(それにより中京2歳SはGⅢに昇格)。小倉2歳Sは九州産馬が出てきたりしたのですが、中京だとそれもないのかな?
あと、今年夏の新潟で暑さ対策のため真昼にレースを行わないというのがありましたが、期間を延長し、夏の中京でも同じようにするそうです。私が競馬をはじめた頃は中京は3月、5月、12月だったんですけどね。宝塚記念を安田記念の翌週にするのも暑さを考慮してのもの。
最近PCで作業している間、YOUTUBEでAORやシティポップ特集の動画を流しているのですが夏をテーマにした特集も多い。夏の曲といえばオメガトライブ(私は杉山清貴よりカルロス・トシキ派)とかTUBEのような爽やかなイメージがあるのですが、今はこれでしょう。
最初聴いたときは「勘弁してくれ!」と思いましたが、5年前の曲。2019年も暑かったけれど、それでもまだ何とか外出できた。今年の夏は、太陽が中天に差し掛かった頃に外を歩くと1分で眩暈がしてきた。郡上踊り以外はどこにも行きませんでした。笠松競馬場も行かなかった。夏場だけナイターとかできないのかな?もちろんお金の問題はありますし、名鉄線のダイヤとの兼ね合いもあるでしょうが、立地的に旧名古屋競馬場のような周辺住民の反対はあまり起こらないのでは…?ただ、馬が車道を横切らなくて済むように改善するのが大前提ですが。